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旅日記-中国編⑦チベット

成都〜チベット

10日程滞在していた成都に別れを告げ、チベットの拉薩へとむかう。
なぜ成都に長く居座っていたかと言うと、現在チベットでは外国人に対しての観光規制が厳しくパーミット足る物を取得しなければいけなかったからである。しかも必ずツアーで申し込まなくてはならず、その条件としてツアーガイドと車をチャーターしなければならない。
実は今回、チベット行きは半ば諦めていた。何故なら、これらの条件を満たした上で申し込むとなると1人ではとても手を出せないような額になるからである。
しかもネットの情報では、同国同士でなければバディーを組めないということであった。

ではなぜ急遽行くことになったのか。

ホステルの受け付けでネパール行きの飛行機を手配してもらっている時であった。
隣から関西弁らしき日本語が聞こえてきた。女性2人組。話しかけてみると、どうやらチベットに行きたいらしいのだが2人では高くついてしまうとのこと。そこで、良ければ一緒に行かないかとお誘いを受けた。
これはラッキー、直ぐさまフライトをキャンセル。するとたまたまもう一人日本人が通りかかった。話を伺うとどうやら彼もチベットに行きたくて色々仲間を探しているようだが上手くいっていない様子。ではこちらに来ては?と、最終的に4人集まった。

なんとかなるもんである。

しかもこの3人、年齢は大体同じで旅の目的も似通っていた。
いつかは日本人の旅人に会うとは思っていたがこんなにも早く出会うとは、世の中同じような考え方を持った人は沢山いるのだなと感じた。いや、偶然か?、、そんなことはどうだっていい。何とかなればそれで良し。

と言うわけでこの4人でこれから電車に乗りチベットに向かうわけなのだが、片道約42時間。しかも予約がギリギリだった為、なんと座席は硬座。
硬座と言うのはいわゆるずっと座ったままの状態。シートはやや硬め。正直、かなりキツかった。対面式の四人掛けで、デーブルが真ん中にひとつ。前の席にはチベット人の夫婦が座っていた。車内に外国人らしき人は僕ら以外いなかった。
やはり皆スリーパーを早めに予約して乗るのであろう、次にまた行く機会があるので有ればもう硬座は勘弁だ。

チベットの街は山の上、標高の高い位置にある。
窓の外の景色は木々が段々と消え、緑の広野が拡がってゆく。
たまにポツポツとテントのような民家があったりするのだが、彼らの生活や移動はどのようにして行われているのだろうか。その地にはそれなりの生き方があるのであろう。
動物達も沢山見かける。中でもヤックという牛に長い毛が生えたような動物はそこら中にいた。彼らは見かけのズングリとした体型とは裏腹に意外とアクロバティックで、荒れた山道なんかもへっちゃらなようだ。

山を登って行くにつれ空が段々と近くなってくる。
色も濃くてはっきりとしている。日が沈み出すと辺りの景色が赤く染まる。
自然的で当たり前の事なのだが、大地は大きいのだなと感じた時間であった。

夜になる。乗客達は寝るのに一苦労。座り方を工夫する人、相手の膝に覆い被さるようにして寝る人、そして座席の下に潜り混んで寝る人など様々だ。ここではさすが中国人という感じもした。

そうこうしてる間に、と言ってもやはりかなり長かったのだが、チベットへと到着する。
途中で銃を持った警察達が入ってきて色々チェックされたりもしたが、正式な手続きをして来ているので問題はない。電車を降りると肌寒く、やはり標高が高いという事を実感した。まあ実はこの後、実感どころか痛感することになるのだが。

何とかガイドとも合流できていよいよチベットツアーの始まりなのである。
つづく。

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