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旅日記-インド編⑦コルカタ

コルカタ

コルカタで二日目の朝を迎えた。と言っても、時刻は昼の11時前である。移動した次の日は疲れが溜まっているのか、よく眠ることが出来る。夜中にこっそりとやって来る蚊にどれだけ刺されようが、睡魔には適わないようだ。相方はまだ隣で深い眠りの中にいる。腹も減っていたので、僕は一人で外へ出ることにした。

当てもなくフラフラ歩いていると、道端で昼食を食べている人々を見つけた。よく見渡すとこの辺りには簡易なテントがいくつも建てられていて、その下に旨そうな匂いを放つ露店が沢山出ていた。テーブルや椅子はなく、立ってその場で食べている者や道端に座って食べている者などで賑わっている。僕はその一角に立ち寄り、調理場を覗き込んだ。大きな鍋が三つほど並べられ、中にはどうやら米、ダル、チキンカレーが大量に詰まっている。横には大きな器が置かれ、その上にチャパティが何重にも重ねられていた。もちろんメニューなどはなく、僕は隣の奴が食べていたものを指差して「これと同じものをくれ」と注文する。店主は初め怪訝な目でこちらを睨んでいたが、隣にいた子供に顎で合図を送ると、それを受けた子供はすばやく皿を取り、チャパティを一枚乗せて店主に渡す。店主はサッとカレーを掬い、雑に皿に盛る。そして乱暴に差し出された皿からは勢いあまって少しカレーが垂れていた。受け取ってから金を払おうとするが、勘定は食べた後だと断られる。インド人達に混ざり、その場で立ち食い。その姿を見て一人のインド人青年が日本語で話しかけて来る。「こんにちは。どっからきた?インドはどうだ?観光なら案内するよ。」質問攻めで中々食事が進まない。だんだん面倒くさくなって来たので、何も言わず無視しているとフンっと言って立ち去った。するとそれを見ていた違う奴が「ああいう奴には気をつけた方がいいよ。なんなら僕が案内しようか?」と英語で話し掛けてくる。お前もか。今度は完全に無視を突き通し、黙々と食事を進める。しばらく一人で喋っていたが、諦めたように去っていった。ストリートではゆっくり食事をすることも出来ないようだ。全てを平らげて子供に皿を渡す。すると子供は20ルピー、と手を差し出しながら言った。
僕は勘定を済ませて足早にその場を去った。

持っていたガイドブックを開き次の目的地を決める。どうやらこの街にはいくつかの寺院があるらしい。時間はたっぷりとあるので、電車に乗って少し離れた場所へと行くことにした。

駅から歩けど歩けど寺は見つからない。地図を見ていても埒が明かないと思い、その辺に居た店の男に道を尋ねた。話してみると彼は英語が分からないようで、ガイドブックの写真を見せると納得して身振り手振りで説明してくれた。だが僕が分からないという表情をしていると、店の奥へと引っ込んでしまった。やはり見ず知らずの者では鬱陶しがるのも当然か、などと考えていると紙とペンを持って再び現れた。道の名を口に出しながら地図を書き出す。ありがとうと言ってそれを受け取ると、彼は笑顔で手を振って送り出してくれた。コルカタにも親切なインド人はいるものだ。

だが、その地図通りに進めども寺は一向に姿を見せない。やはりそこはインド、地図も適当であったようだ。ただこの辺りであるのは間違いないらしい。30分ほど歩き回って、ようやく”パレシュナート寺院”へと到着した。

インドのジャイナ教寺院と言えば、豪華な装飾で有名だ。外観や内装にもかなりの金が掛けられていると見える。どうやらジャイナ教はインドでは商人に信者が多く、一定の地位を占めているらしい。この寺院も流石宝石商が寄進したとだけあり、大理石で出来たその貫禄の前では、ヨーロッパの空間を彷彿とさせる趣がある。とても立派で美しいのだが、どうもこの地にしっくりとこないといった感じが否めない。
中へ入ってもあまり落ち着くことが出来なかったので、長居はせずにそのまま宿へ帰ることにした。

宿へ帰ると、店番のおじさんが椅子に座って時間を過ごしていた。

この辺りも昔ほどの活気は無くなってしまったらしい。旅行者の数も減っているようだ。「少し前までは、ボロボロのバックパックで汚い格好をした若者達が沢山やってきたものだ」と、その口調はどこか寂しげであった。

相方と合流し、僕らはコルカタの下町を抜けて”マザー・ハウス”へと向かった。

それはサダルストリートから20分ほど歩いた所にあった。大きな道路に面して建てられている。写真はない。今は亡きマザー・テレサが、貧困に苦しむ人々のために生涯を費やした場所である。僕らが訪れたその時間は、丁度お祈りが行われていた。アジア系の参列者は僕らだけで、後はインド人、白人の姿もちらほらと見受けられた。大体の人が正装をした格好であった。修道女たちが声を揃え歌う。その声は暖かく優しく、こんな場違いな僕らでさえも受け入れてくれる、そんな心地のよい歌声だった。お祈りが終わると、修道女、参列者達はマザーの墓石に手をあてキスをした。長い間座り込み、祈る者もいた。その偉大な存在が、今も沢山の人々の心に残り、また癒しているのであろう。

帰路に着いたころには、空がオレンジ色に変わり始め、僕らの進行方向で眩しく輝いていた。

この辺りの店たちも、そろそろ閉店だという雰囲気でざわざわしていた。一日の終わりは爽快なものか。はたまた、また明日を一日生き延びなければならないという不安な思いか。それはそれぞれ違うだろう。
僕は少なからず自由の身だ。こんな今にとても感謝し、喜びを感じている。道中にふと立ち止まって振り返り、写真を撮った。綺麗に写る下町をフレームに収めたかったのだ。シャッターを押してから気がついた。そこには幼い子供を抱えた女性が立っていた。じっとこちらを見つめて。
僕はそのまま目を逸らし、また歩き出した。何事も無かったかの様に。

つづく。

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